読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私がいかに打算的であるか

 学科の人間との会話の中で考えたことを書き留めておこうと思う。

 以下、死ぬほどどうでもいい自己省察が続くことに留意したほうがいいと思うよ。

 

 きょうY氏との会話の中で「私はまったく打算的な人間で、クズである」という旨の発言をした。たった3時間ほど前の事なのにどんな文脈でそんな発言をしたのかは覚えていない。唯一確かなのはY氏はあきらかにその意味を理解出来ていない様子で、そしてそのまま話題が変わってしまったということだ。別に私は自分語りをすることに執着があるわけではない。ただなんとなく会話が終わった後もこの命題を反芻して思考を続けてしまったので、せっかくだから考えたことについて書き残しておこうかなと思ってこの文章を書いている。

 

 私が今学期書いたノートのほとんどは学科のSlackにアップされている。Y氏やほかの人間が私のノートを借りて撮った写真をアップしたのだ。Y氏はどうやらそれが私の善性(?)によるものだと考えているようで、だから冒頭の発言がピンとこなかったのだと思う。けれど実際はまったくそんなことはない。ノートが結果的にあがっているのは、私にとってノートをあげるかあげないかなんて心底どうでもいいことだからだ。そう、ほんとうにどうでもよいのだ。誰かが私のノートの写真を参照しようがしまいがどうでもいい。私のノートを使って勉強したことで私よりも良い成績をとったとしても、まったくどうでもいい。それで単位を落とすかどうかの瀬戸際で窮地をまぬかれようが、結局単位を落とそうがそれは私には興味がない。私にとっての不利益が発生しない限り、それは本当に本当にどうでもいい問題であり、拒否する理由は特にない。だからノートを見せてくれと言われても断らない。私はたまに学内でやっている献血のお願いに対し、「面倒だから」という怠惰な理由で協力しないわけだが、もし目の前で交通事故が発生してB型の血液が必要です、とか面と向かって言われたらおそらく断らないだろう。そうなれば断るほうが面倒なことになるし、血が500㏄程度減ったところでとくに健康上の不具合はないからだ。

 

 これだけなら別に標準的な善でも悪でもない人間なのであろうが、ここからもう少し話は続く。私は他人の利益になりうる行動をとっているとき、大抵は心底どうでもいいなあと考えながらそうした行動をとる。ところが、そうやって興味がない風を装っておきながら、そのとき必ず「この行動によって相手に何か要求できるだろうか?」という方向に思考を向けている。あるいは、「この行動によって私はなにかを獲得/喪失する可能性があるだろうか?」ということを必ず考えている。私はノートをアップして相手がお礼を言ってくるそのとき、「ああ、これで私が困っているときに快く助けてもらえるかもしれないな」または「これによって他人の頭の中で私の評価が少しあがるのかなあ、いや、むしろ便利なやつとして利用される可能性もあるかもしれないぞ」と考えながら、どういたしまして、なんて素知らぬ顔で言っているわけだ。これは私がまったく打算的であることの証左ではないだろうか?

 

 他人が私の事を打算的と考えないのは、私が表立って相手に何かを要求することが(今のところ)ないからだ。それは単純にノートを見せただけで何かを要求するのはあまりにもあつかましくて馬鹿らしいことであるということでもあるし、現在の私には欲しいものがあまりないということでもある。正確に言えば、他人(ノートの場合はそれを利用した学科の人間)が持っているもので、ノートと同じくらいの価値を持っていて、かつ私が欲しているものがないということだ。突飛な例ではあるが、もし私が交通事故に遭って今にも失血死しそうな石油王に対して血液を提供したなら、そのあとで躊躇せずそれなりの(たぶん数十万円くらいの)金額を要求するであろう。なぜならその主体(石油王)はそれを提供でき、またそのような緊急性のある状況では血液はそのくらいの価値を持つからで、そして私は好きなアニメのDVD(響け! ユーフォニアムというアニメはとても面白いのでみんな観ようね)や漫画(群青にサイレンという漫画はとても面白いので(ry)を好きなだけ買い集めるためにそれくらいの金が欲しいと常々考えているからだ。

 

 何が言いたいのかというと、私は日常のこまごまとした出来事においてもその対価についていつも考えている人間で、また私は必要なものが有る場合には躊躇なくある種の冷酷さをもってまで対価を要求する人間で、そして今は運よく私が何もほしいものがないからそういう行動に出ていないというだけなのだ。つまり私は打算的なクズであるということだ。大人になるにつれて家を買いたいとか金がもっとほしいとかそういう欲求が出てくるものだと聞いているので、おそらく私はまったく碌な大人にならないことだろう。

 

 私になにかを提供されたみんな! 

 私は無関心なふりを装って肚の中ではそういうことを常に考えているぞ! 

 

 ちなみにもう少し事実を正確に申告すると、わたしは現在「響け! ユーフォニアム」を他人に布教したがっているし、語り合える人間を欲している。「群青にサイレン」、「ななしのアステリズム」という漫画も他人に貸してもっと読んでもらいたい、内容について話したい、と常々考えている。

 

 あーあ、ノートを使った人間が対価としてユーフォを1話だけでも観てくれたり、群青にサイレンを1巻だけでも私から借りにきたりしてくれないかなあ。

 

 もちろんノートを使ってない人にもよろこんで貸すので、声をかけてほしい(もう学期終わっちゃうけど)。