「アイドル稼業、はじめました!」(岩関昂道先生)感想

「アイドル稼業、はじめました!」を読み終わった。


簡単にあらすじを書くと、主人公・成田利生は公園で出会った女の子に惚れてしまい、彼女が人気女優・瀬戸あおいであったことを知って自らも俳優となってもう一度彼女に会いたいと芸能界入りを志すが、なんやかんやあって男と女を行き来できる身体になり、俳優・成田利生とアイドル・鳴海リセの二足のわらじを履くことになる。途中からリセはあおいの不倫疑惑を打ち消すためにアイドルグループのメンバーと共に奔走するようになるのだが……。

というお話。


とても面白かった。


冒頭の、利生があおいと公園で出会ってから俳優を志すまでで利生のまっすぐさがとても魅力的に描かれていた。そこまでは王道という感じだったのが、受けに行ったオーディションからストーリーが急転回。「演技力もルックスもない利生がどうやって芸能界へ入るんだろう?」と思いながら読み進めると物語がそれまでとは全く異なる様相を呈しはじめたのが面白かった。


主人公の利生は男であり、彼のあおいへの恋がこの物語のきっかけとなっているわけだが、物語中では基本的にアイドルグループ「ガールズ・ジョーカー」(通称ガルジョ)の鳴海リセとして過ごしながら話が進んでいく。リセは憧れのあおいにかけられた不倫疑惑を撤回させるために動いていくのだが、まずこの「謎を追求する」筋が面白かった。スクープの相手であるイケメン俳優の白鳥は、事実無根であるにも関わらずあおいとの不倫を認めて謝罪する。そんなことをするメリットはないはずなのに、なぜ虚偽の不倫を認めたのか?  リセもそして読者の私も最初はちんぷんかんぷんで、ここでかなり物語に。それからリセがガルジョのメンバー、みつき・兎と記者・谷口らの協力を得て危機にあいながらも謎を追究していく過程で主人公たちを心から応援したし、最後に全ての真相を解き明かすシーンはとても爽快だった。


この作品で私が一番胸に来たのは、主人公と兎・みつきの逆境を切り開くパワーだ。彼女は芸能界の掟や大人の汚さがよくわかっておらず「不倫疑惑を撤回しろ」と正面から相手やその事務所の社長、記者から出版社にまで食ってかかり、読んでいるこちらはとてもハラハラさせられた。自分だったらアイドルであることや正面から問いただしても相手は確実に認めないだろうと考え、もっと裏から手を回すのが賢いやり方だと思っているが、けれど彼女たちのそうした愚直さが私にはなぜか魅力的だった。もしかしたら私ならそうして正面から向き合うことを避け、その結果結局何もできないと諦めてしまうかもしれない。彼女たちのやり方は賢明ではないのだろうが、マスコミに否定的に報じられ、相手や事務所社長の怒りを買ってもものともせず自ら道を切り開いていくパワー、その力強さとたのもしさをそこに見たのだ。そんな主人公やみつき・兎の姿に胸を打たれた。


……と思ってたらあとがきで作者の岩関先生がまさにこのことを書いていて、なんだか嬉しくなってしまった。やったー。


それに加えてキャラクターもとても良かった。みつきはストレスがたまるとすぐ過呼吸になり「ヒーッ! ヒーッ!」と呻き出すアイドルに似つかない一面を持った女の子だけど、気が強くてガルジョのリーダーとしてリセと兎を引っ張っていく姿が印象的だった。


そして個人的に大好きなキャラ・兎。普段はほんわかしているんだけど、密教系の新興宗教の信者で事あるごとに怪しげな真言を唱え出すというこちらもなかなか尖ったアイドル。宗教のせいでいじめられたという辛い過去を持ってるけど普段は表に出さない強さ、そしてそんな自分に変わらずに接してくれるリセとみつきを大切に思っているところとか、イメージに反して唄が上手いところとか、ほんわかしてるだけじゃなくて言葉の裏に隠された女同士のファイティングもしっかり理解してる現実にシビアなとことか、リセのことを本気で心配する優しさとか、あとスタイルとかいいところずくめで本当にかわいい。かわいいかわいいかわいい。

本筋とは関係ないんだけど教養の講義で宗教論をとったり、たいていの人が神を信仰してるアメリカに行ったりしてから宗教に対する見方がある程度変わったんだけど、新興宗教の信者ってことを単なるネタとして扱うだけじゃなくて掘り下げてくれて、当人にとっては大事なものというふうにリセが兎ちゃんの信仰を尊重してくれてたところが私的にポイント高かった。


全体を貫く「芸能界は汚い世界なのか?」というテーマにも利生の中ではしっかり決着がつけられていて、とてもよかったと思う。


あおいと利生は最後にやり取りをかわしてこの恋には一区切りついたわけだけど、みつきの利生へのフラグが立ちかけたり、ちょくちょく登場する利生の幼馴染・小春にも何か伏線がありそうで、続きがとても楽しみな作品だった。2巻出てくれ。


個人的にはリセと兎の絡みをもっと見てみたいなあ。スタイルがいい2人がくっついていると本当に最高だし兎はリセに助けてもらってリセ好き好きになってるしリセは兎のスタイルにドキドキするからこの2人が密着してたら両方にメリットあるし世界平和では??  (百合厨でごめんなさい)


あらすじを見たときは女装男子ものかと思ってワクワクしていたんだけど、その期待がいい意味で裏切られたのでよかった。読者を振り回す展開の面白さとか筆力とか、とても実力のある作者さんだと感じた。


岩関先生の既刊、タイトル聞いたことなかったんだけどこれからチェックしたい。